溢れ出る熱量だけでお送りします。

大変久しぶりの更新です。

なのに鬱陶しいくらい、熱量の高い記事でお送りします。だいたい3269文字くらいです。

 

日曜日に笹塚の紀伊國屋書店で開催された「作家合同サイン会」に行ってきました。

目的はただ一つ、寺地はるな先生にお会いすること。

寺地さんを知ったきっかけは、はてなブログのオススメ機能から。面白いブログタイトルだなー、と思って訪れたら、まぁ、面白かった。

モヌモヌとか、なかなか考えつかないオノマトペを多用していて、まぁ面白い。

なかなか考えつかないオノマトペなのに、なぜかとても伝わってくる。

最初はとにかくブログ記事が面白くって、更新通知が来るたびにピョーンと飛んで行き、ムヒョヒョとなりながら読み、スターを残して去っていく、というのを繰り返しました。

そのうちコメント欄でお話しするようになり、ほんとうに面白いことを考える方だなぁ、きっと彼女の中にはたくさんの物語が、言葉が詰まっているのだろうなぁ、と思っていました。

するとある日、小説を書いていることを知りました。

その日からずっと、テラチミンが書いたお話を読みたくって、ワクワクしながら待っていました。

ある日、ちょっとしたきっかけでちょっとしたお話を読むことができて、これは遠くない未来にたくさんの人が読むようになるぞ!という確信を持ちました。

程なくして、太宰治賞候補になり、ポプラ社新人賞を受賞して、デビュー。

最初の作品は、本好きには言わずと知れた「ビオレタ」。

少しでも思いが出版社に伝わるようにと書店に予約しに走り、発売日に手に取り、貪り尽くすようにモグモグモグっと一息に読みました。

私の確信が間違っていないことを確信しました。(日本語が変)

それからはすべての作品を発売日に手に入れては、もぎゅもぎゅっと、ぎょむぎょむと自分の中に詰め込んでは、はーっと深い呼吸をして。

ポプラ社の冊子も定期購読を申し込んで、毎月届く日を心待ちにして、読んではぷはーっとなり、心にグッときた箇所をノートに写したりして。

そんな風にして、陰ながら応援をしてきました。

ファンレターのひとつでも出せよ、という感じですが、勇気が出なくて、なにを書いてなにを伝えたらいいのかも、上手く言葉が出てこなくて先送りになってしまっていました。

 

今回、東京でサイン会を開く、と伺ってから、あらゆる手帳やカレンダーやリマインダーなんかに2/17、寺地はるな先生サイン会、と記入して入力して。

今回こそ思いの丈を伝えたい、ファンレターを何度も推敲して、それでもなんだか怖くて、当日のお昼過ぎまで便箋に書くことが出来ませんでした。

なんとか心を落ち着かせて手紙をしたため、バクバクと耳の奥で鼓動が聞こえるくらいに緊張しながら電車に乗り込みました。

私が出るわけでもないのにね。

 

到着して本を受け取りに行ったらば、なんとなんと、サイン会の引換券が用意した数すべてはけていて今急いでプリントしているというじゃありませんか!

やっぱり!やっぱり!予想通り!

寺地さんの紡ぐ物語が、たくさんの人に届いていることを実感した瞬間でした。

レジの前で喜びの舞を披露したくなるのを堪えて、いざ会場に。

混雑する会場で、寺地さんを見た瞬間にわーっと感情が、ぶくぶくと湧き上がるのを感じました。

み空色のワンピースが柔らかな雰囲気にとてもお似合いで、ふわ〜、と声が出そうになりました。今、すぐそばに寺地さんがいるんだな、とちょっとだけ理解して、

手に汗握りながら順番の来るのを待っている間、どんな風に声をかけようか、何を伝えようか、どうやってお話をしようか。

考えるけれど全く頭に浮かびません。

フワーっと気が遠くなるのを感じ始めた頃、自分の順番が来ました。

ドキドキする、ちょっと怖い(テラチミンが、じゃないですよ!)わー!不安!順番は来たけど私の心の準備は完了してないわー!とか胸の内で言ってるうちに気づいたら目の前には寺地さん。

出た一言目が、「ツイッターでお話しさせていただいてる、あやこです」でした。

まじかよー!私の第一声それかよー!

まじかー!テンパりすぎじゃね??

自分を主張してどうする〜自分〜!

と思ったけど、寺地さんの「あ!あやこさん、来てくださったんですね、わー、かわいい」という言葉に現実に引き戻され、(たぶんかわいいは社交辞令ですけれども……舞い上がるくらい嬉しかったです。)

たどたどしくもなんとかかんとか、新刊が出るのを楽しみにしていること、アスタで連載していた短編がすっごく好きなこと、そう言った気持ちを伝えて、ふ、と、自分の後ろに出来ている列が目に入った瞬間。

もう、もう、気持ちが溢れてしまって。

ずっと、デビュー前から、ブログの時から、ずーっとずーっと応援し続けて、本当に本当にお話もご本人のことも好きで、たまらなく好きで。

そんな作家さんが、サイン会をして、こんなにたくさんの読者の方が列を作っていて、嬉しくて嬉しくて。

寺地さんからかけられた言葉に、きっとご本人は冗談混じりだっただろうに、感極まってしまった。

人は感無量になると、泣くんですね。

そこからはもう声が震えてまともに言葉を発することもできず、傍にいた店員さんをオロオロさせ、寺地さんには「ティッシュいります?」と言わせる始末。

なんと情けないことか!

私としたことが!

どんな人の前でも緊張したことなどほとんどないのに!

人前で泣くことなんてないのに!

なんと情けない!

そうしている間にもボロボロと涙は勝手にこぼれ落ちます。

後ろにはたくさんの読者の方。

私で列をつかえさせても良くないと思って、ご挨拶もそこそこ、感謝を伝えて会場を後にしました。

書店の中を歩いているときは現実味が薄くて、どこか他人事のようになりました。

けれど、書店を出て、自分の手にあるサインを頂いた「ミナトホテルの裏庭には」、新刊の案内やペーパー、この日のために書かれた掌編を持っているという揺らぎない現実。

かけて下さった信じられないような言葉。

急に世界が戻ってきて、また涙を堪えられそうになくなり、家族に電話をしました。

泣きながら。結局泣く。家族は何事かと訝しげな声。

サイン会でこうだったんだよ、と言葉にしたら、あぁ、本当だったんだなぁ、と、夢じゃなかったんだと思い知らさせて、

またぶわーっと涙が溢れて、家族が電話越しに「よかったね」と言ってくれて、またしても泣く。

ここ、外だよ……?駅前だよ……?と思うも中々止まらない涙。

ぐっと息を止めて涙を引っ込めました。

やー、恥ずかしかった。

電話相手の家族が気を使って「落ち着いてから帰っておいで」と言ってくれたのでフラフラしながらお菓子屋さんに向かいました。

住宅街を頑張って顔を上げて歩いて、入ったお菓子屋さんでアメジストを模したお菓子を見たら寺地さんが思い起こされて、これを贈らなかった自分にバカヤローと武がツッコミを入れてきました。

来た道を歩いて駅へ戻り、電車に乗る頃にはさっきの出来事をしっかりと受け入れられていました。

嬉しさを噛み締めながら電車に揺られ、それでも日常はそこにあるのでスーパーに寄ってお夕飯と明くる朝の食材を買い、自転車に乗り、フフンフーンと鼻歌を歌いながら帰宅しました。

感情のジェットコースターで頭も身体も疲れていたのか、お夕飯の支度をしたら倒れこむように眠り、細切れながらも都合12時間ほど眠りましたが朝は起きられませんでした。

ぽんすけとらーぽんにどんなに起こされても起きられず、いまこの時間になっても余韻が続いています。

 

言葉にしないとウッカリまた人前で泣く気がして、久し振りの更新と相成りました。

そんな訳で次回のサイン会では「泣かない」を目標に、それまでにもっと伝えられるように練習をすると心に決め、この記事を終わりにします。

 

もし最後まで読んで下さった方がいらしたら、ありがとうございます。

 

私からは以上です。

 

 

美文字よ再び

誰が見ても美しい文字というのに憧れる。

 

私の「字」へ対する苦手意識の起源は古く、小学三年生頃に遡る。二十余年前だ。

私の通った小学校ではお手本の文章を硬筆で書き、それを先生が評価するというコンテストの様なものが毎学期あった。

評価は毎回、下位5名辺り。

これは一年生の時から課題とされていたけれど、一年生の時は学年全体の児童の字の上手い下手が明らかではなかったので、それほど劣等感を抱かなかった。

  私は気付いた時には左利きだった。

特に親から矯正される事もなく小学生となった。

  小学三年生と言えば書道の授業が始まった頃。

初回の授業で指導教諭に言われた。

「右で書きなさい」と。

それまでに右で文字を書いたことはなかった。

「右で書かないから字が汚い」、「左利きはおかしい」とまで言われた。

学年に左利きは私ひとり。

焦る私。

硬筆検定のような課題でも、書道の授業でも、もう字の上手い下手は明らかだった。

 

私は字が汚い。

 

そう思わされた。

 

それからは書道の授業も国語も算数も、全ての教科が苦手になった。

どの教科もノートを取るのに「文字」を書くから。

ノートの内容は正しいのに、先生からもっと綺麗な字で書きなさい、とコメントがつく。

丁寧な字、ではなく、綺麗な字、である。

ほんとうに、ほんとうにしょんぼりした。(ぐるんぱのように。)

 

それから時は流れ、16歳で初めてアルバイトに応募した時、履歴書の字を褒められた。

努力が実を結んだ。

 

私は結局左利きのままだけれど、それなりに綺麗な字を書くようになった。

けれど、最近また伸び悩んでいる。

自分の納得する「美しい文字」が書けない、スランプがやって来た。

それからは毎日何かしらアナログで字を書くようにしている。

日常のメモ書きのような物ではなくて、偉人の言葉だとか名言だとか、好きな本の一節を書いたりだとか。

再開して2ヶ月ほどになるけれどほんっっっとうに字が汚い!!!

雑!!!

ここ三、四年、日々どれだけ意識せずに字を書いていたのか!

 

実を結んだ努力であってもその後も修練しなければ保たないということを学んだ。

 

がんばるよ、病院や銀行で慌ただしく書く文字も美しくしたいからね。

 

好きが多くて困ります。

好きなものが多すぎて困る。

椎名林檎の歌に「好きな人やものが多すぎて 見放されてしまいそうだ」なんてやつがありますけど、あまりに好きなものが多いものだから興味があっちへ行きこっちへ行きするので日々楽しい。

それほど日日困ってないんだけれども、時折困ることがある。

例えば自己紹介で「趣味は?」とか「好きなものは?」なんて訊かれた時。

この場ではどれを答えたらいいんかな〜〜?なんてことが起こる。

私は写真を撮るのが好きだし、お化粧が好きだし、刺繍や編み物も好きだし、精神的に落ち着いている時は本をよく読むし、文を書くのが好きだし、音楽はないと生きていけないくらい私の生活に欠かせないし、文房具が好きだし、とりわけ万年筆は市販の筆記具の中では左利きの私でも「きちんとした」字が書けるので好きだし(鉛筆もきちんとした字が書けるけれど、万年筆ほど好きではない。)、料理もかなり好きだしお菓子作りも好きだし、掃除も好きだし、土いじりや日曜大工も好きだ。

……と言う具合に全力で好きな物事が多くて、どれを取り上げて話せばいいのか分からなくなるのだ。

そんな訳でここでは自分の好きなものや気になるものなど雑多にごちゃ混ぜに、好きなだけ好きな事を綴ろうと思う。

別に全世界に発信する程の「何か」がある訳ではないんだけど(例えばギークな知識のような)、紙の日記やノートに、誰に見せる訳でもなく書いているだけというのに飽きた。

私が好きなものを同じものを好きな人と分かち合いたい。ほんの少しでも。

あと、世界で一番好きなのは息子。お腹にいる時からあだ名はぽんすけ。

夫は5番目くらいです。